最近、冷凍庫が壊れました。また、我が家では3か月に1回のペースでお湯が出なくなります。
…この出来事だけでブログが数回は書けそうなトピックなのですがw、それはまた後日に回すとして…
日本では家を借りていても大家さんに会う機会って滅多に無かった気がします。ですが、ロンドンで駐在員が借りる家は主に家具・家電付きの家なので、備品が故障・不良を起こす度に連絡をして直してもらう必要があるのです。ロンドンの家自体が古いため故障・不良が起こりやすいというのも一因だと思いますし、家電そのものの質が日本に比べて低いせいもあると思います。とにかく大家さんを呼ばなければいけない頻度が、多い、多いw
(不動産屋さんがこの仲介業務をしてくれる物件ももちろんありますが、我が家はそういう物件ではないので、直接大家さんとアレコレする必要があります…。)
…その結果、大家さんには「トラブルが起こる度仲良くなるね!」と言われる始末。どんだけプラス思考\(^o^)/でもトラブルがある度、大家さん一家の誰かがすぐに来てくれて、今のところすごく親切なので助かっています。
大家さん一家は、我が家の最寄駅の隣駅に住んでいるそうで、
- 大家さんのお父さん(推定65歳)
- 大家さん(推定38歳)
- お嫁さん(推定36歳)
という登場人物なのですが、その他にも、大家さんには2人の兄弟がいるそう。大家さんともう一人が歯科医、残り一人はシティでバンカーをやっているという中流階級。(イギリスで中流階級というと、教育にお金をかけてキャリアを築いたそこそこエリートみたいなイメージです。)
で、初めの頃は私の英語がダメダメすぎて全く気付かなかったのですが。大家さんはすごく綺麗な英語をしゃべるんですが、お父さんの英語はけっこう訛ってるんですね。で、「お父さんは、どこ出身なの?」って聞いてみたんです。そしたら、「僕はペルシャ人だよ~」って。
ペルシャ?????という顔をしていた私に向かって、「あ、イランのことだよ\(^o^)/」と補足してくれました。
「へ~、イランの人なのか!でもなんで、イラン人がロンドンに住んでるんだろ?」と思いつつも、英語力不足のためそれ以上会話を弾ませられず…。お父さんが帰った後に、ネットで検索検索ぅ~…!
…すると、どうやら、1979年のイラン革命前後で国が混乱して、その当時の王族層や企業家、欧米への留学経験のあった知識階級や旧体制側の人達の多くは欧米へ移住をせざるを得ない状況だった模様。(一番大きなイランコミュニティはアメリカで、90万人くらいが暮らしているらしい。一番人口が多いのはロサンゼルス。)そしてそのイラン革命がイスラムへの回帰(政教一致)だった面があることから、(一般論ですが)、国を出て行かざるを得なかった人は祖国のイスラム回帰へ複雑な気持ちもあるようです。(それまでイランでは「白色革命」として近代化を推し進め、西欧的な思想にも肯定的で、そして知識階級の多くは欧米への留学経験も豊富だったらしいので…。)
この経緯とお父さんの訛りを見る限り、推測ですが、お父さんの代でイギリスに移り住んできたんでしょうね…。もともと富裕層だった可能性もあるとはいえ、異国で息子3人に十分な教育を与えて、立派に育てて、イギリスに不動産まで持って、人に貸して…なんかすごいなぁ~、と、お父さんの人生に思いを馳せてしまったのでした。特にお父さんは自分自身が移民だった経緯があるからか、いまいちイギリスの「普通」が分かっていない我が夫婦にとても優しいのです。
そして、なぜお父さんが自分のことを「イラン人」ではなく「ペルシア人」と言ったかというと、上の事情に加えて、こんな記述が。
…9.11 以降のムスリムに対して否定的なイメージが存在する社会で、自身を「イラン人」ではなく近代国家以前の概念である「ペルシア人」と設定をすることで自身のアイデンティティーの問題についてこれまで解決を図ってきたとともに、他者に対しても、自身を「イラン」ではなく「ペルシア」の人間だと表明することで負のイメージを緩和させ、イランと政治的な距離を置いていることを強調することができる…。
…(´・ω・`)お父さんの一種の処世術だったのね…(ってことでいいかしら?)。私は別に、イラン人でもペルシア人でも、このお父さん、愛嬌めっちゃあるし好きなんだけれど、ね。お父さんも、色々苦労してんのね。
…一方で。イギリスで今ある種問題視されているのは、お父さん世代ではなく、移民2世(or 3世)のイスラム回帰的な傾向、です。(問題視という言葉が適切かは分かりませんが…。)実際、移民2世だか3世の女の子達がISISに加わろうとしてシリアに行っちゃったりとか、原理主義に共感をしてテロ要員化したりとか、まぁそこまで行くと単なる「イスラム回帰」という言葉だけで説明できるのかはよく分からないのですが、そういう話がたくさん出ています。
実際、お父さんはいっつもロンドンにいるのですが、2世である大家さんは定期的にカタールでお仕事をしているようで、ロンドンにいないことも多いのです。別にカタールで仕事をしているだけなので、イスラム回帰と捉えるのが正しいとは思っていませんが、お父さんが逃げてきたイスラム圏に、逆に息子は自ら選択して仕事に行く、というのも、お父さん世代とはイスラムに対する考え方がちょっと変わってきているってことなのかな~、なんて、もちろん全て推測なのですが、想像に耽る私なのでありました。
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